1月14日(2023年)に行われた大学入学共通テスト、世界史Bの問題で、中国の官僚登用試験「科挙」を取り上げた問題が出た。その中に1カ所だけ「科拳」と誤記があり、訂正する紙が会場で配られたことが話題になった。
科挙と大学入学共通テストを比べることは、時代、内容、規模、難易度すべてが違い過ぎるため、同じ土俵で論じるのは愚かなことだが、この「騒動」で思い出したのが、本書『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』(集英社)である。
タイトルと同名の短編のほか、8編が収められている。どれも受験生や元受験生、若者の妄想全開の愚行が痛快なまでに描かれている。年末に読み、笑い飛ばして忘れていたが、共通テストを機に読み返してみると、改めて「面白い」と思った。
表題作「清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた」の主人公、宇山英俊は「超絶難関校N」に通う高校生。地方の小さな町の公立中学校から合格したので、英雄扱いされた。
中学でトップだった英俊に次ぐ成績の星野倫子は、英俊がNに合格すると、「あんた東大に行くんでしょ? 私も東大に行く。それまで誰にも負けないでね」と握手を求めてきた。
だが、高校に入ると周りのレベルが違う。学年100人中の39位と振るわなかった。倫子から約束を守っているかと聞かれて、「一応、今んとこは」と嘘をついたが、それから本気を出して勉強した。
試験勉強の集中法が書かれているが、引用が憚られる内容だ。倫子をあるものに重ね合わせるイメージトレーニングで「ゾーン」に入る、とだけ書いておこう。そうするうちに、学年トップをずっと維持するようになった。
東大理三楽勝の上位の同級生らが、どうストイックな努力をしても英俊を超えることはできなかった。英語のほか、暇つぶしに中国語、ドイツ語、フランス語も習得。理三合格が現実に近づき、目標を失った英俊は、世界史の授業で、中国の科挙を知り興味を持った。教師はこう説明した。
「科挙の争いの激しさに比べれば今の日本の受験なんていうのは屁みたいなものですよ。あなたがたは優秀だ優秀だともてはやされてきてここに座っているんでしょうが、この中に科挙に合格できる人は一人もいないでしょうね」
そう聞いて、「もう東大理三じゃ物足りないし、N高トップの座を脅かしそうなやつもいないし、この感じだと司法試験なんかも楽勝だろうし、科挙が現代にあったら受けてみるのになあ」と思い、道を歩いていると、巨大なデコトラにはねられ......というお約束の展開。
目を覚ますと19世紀中国の清にワープしていた。なぜか倫子は蘇蘭という娘になっており、中国語で話しかけてくるが、中国語は習得していたので問題はない。
貧しい農家の息子に「転生」したらしいが、家を出るため、科挙に挑戦すると宣言する。その原動力は蘇蘭と交わした、ある約束だ。
最初のステップの県試に受かると、村は大騒ぎに。続く府試、院試、科試と進む過程が極めて忠実に描かれている。どうやって資金を捻出したのか、科挙の勉強をしたのかは奇想天外な解決法を示している。
さて、科挙の第一試験である郷試の首席を解元、第二試験の会試の首席を会元、最終試験の殿試の首席を状元といい、すべてで首席を取った者を「三元」と呼ぶ。
果たして英俊は、三元になれるのだろうか? そして、蘇蘭との約束は実現するのだろうか?
科挙の制度、試験内容については、宮﨑市定の古典的名著『科挙』(中公新書)などを参考にしたと思われるが、現代日本の大学受験状況やサブカル事情が随所にインサートされ、ポップな感じがして、いいのだ。
冒頭、「面白い」と書いたが、その一方で、「くだらない」というのも本書への褒め言葉になると思う。たとえば、「東大A判定記念パーティ」という短編。38歳になる中年男の主人公は、あるパーティ会場に警備員として呼ばれる。幼馴染の男が主催するパーティのようだが、チラシには「川村耕平東大文一A判定記念パーティ」と書かれていたのだ。
川村は高校時代に東大文一をめざしていたが、すべての模試でE判定。別の大学に進み、仮面浪人を続けたが、中退。資産家の息子で今も浪人生活を続けていたようだ。そして、ついに人生初の東大文一A判定を叩き出したらしい。
受験本番で合格したならともかく、模試でA判定が出たというだけで、どんちゃん騒ぎをするのは狂気の沙汰だろう。宴はいつしかとんでもない方向に逸脱する。
著者の佐川恭一さんは、京都大学文学部卒。著書に『終わりなき不在』『無能男』など多数。ネット記事などによると、関西の名門進学校、洛南高校から京大に進んだようだ。本書は、受験批判などという「お題目」を通り越し、とてつもないエネルギー、ポテンシャルとリビドーがあふれ出している。きっと直木賞にはノミネートされないだろうが、いま一番読みたい作家である。評者は早速、『シン・サークルクラッシャー麻紀』(破滅派)を買い求め、さらなる衝撃に襲われた。SF作家の樋口恭介さんも「佐川恭一は日本文学史に残る大作家になる。必ず」(同書帯より)と太鼓判を押している。
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