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読んでよかったと思える小説。津村記久子さんの新作長編に励まされる。

水車小屋のネネ

 久しぶりに読んでよかったと思うような小説に出遭った。津村記久子さんの新作長編『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)である。できれば雨音が聞こえるような日、心がふさいでいる時がいいだろう。読み終えると、晴れやかな気分になり、働こう、生きていこうという確信が湧いてくるに違いない。

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 高校を卒業したばかりの理佐は、10歳下の妹、律を連れて家を出ることを決意する。アルバイトをして貯えた短大の入学金の一部を、母親が交際相手の男のために使っていたことがわかり、進学を断念。さらに、男がたびたび妹を家から閉め出していたことを知ったからだ。

 離婚してから、女手一つで姉妹を育ててくれた母親を尊敬している時期もあったが、男が家に入り浸り、頼り切っている母親を見ると、悲しかった。

石臼を守る鳥

 職業安定所で、「そば屋のホール係、鳥の世話じゃっかん」という不思議な求人票を見つけた理佐は、住居に何らかの補助をしてくれるという条件にひかれ、身の回りのものを詰めたバッグやリュックを持ち、律と一緒に特急で山あいの町をめざした。

 採用が決まり、おかみさんに連れられ、そば粉を挽く水車小屋へ向かう。小屋からはプロコルハルムの「青い影」が聞こえてきた。タイトルの「ネネ」が登場する印象深い場面だ。

 「『青い影』の歌い出しが始まり、オウムかインコと思われるその鳥は驚くほどそっくりな声で歌い始めた」
 「尾が赤い灰色の鳥は、ときどきリズムを取るように首を左右にきびきびと揺らしながら、英語の歌詞をそのまま歌いあげていた」

 それだけではない。鳥は石臼を監視し、そばの実が無くなりかけると、「空っぽ!」と叫び、補充を促すのだった。おかみさんは鳥アレルギーがあるので、前任者の退職に伴い、鳥の世話もできるホール係を求人したということだった。

 本当にそんな鳥がいるのかと思い調べると、ネネは「ヨウム」で、人間の幼児くらいの知能があるらしい。平均寿命は50歳くらいと長寿なので、飼育する際はそのあたりも考慮しなければならないそうだ。飼い主が先に亡くなることもあるからだ。

 律はすぐにネネと仲良くなり、姉を助ける。できるだけ、人が一緒にいると鳥は安心するのだ。たまに、絵の顔料を石臼で挽いてもらうために出入りする画家の杉子さんもネネの世話仲間で、姉妹を何かと気にかけてくれる隣人だ。

 居所を知られないように注意していたつもりだったが、母親の婚約者が近辺に現れ、律を連れ帰ろうとしたが、杉子さんに助けられる。ふたたび水車小屋まで来たときは、律がネネに指示し、杉子さんやおじいさんの声色を真似させ、婚約者を追い返した。

 そんなスリリングな場面の後、母親が男と小学校に現れる。親族の遺産が入るからと、姉妹に帰るように促す母親。お金の手続きには付き合うが、戻らず、これまで通り、律と二人で暮らすと宣言する理佐。

 その場に立ち会った女性担任の藤沢先生が「あなたたち姉妹のことをこれからも見守らせていただきます。わずらわしいかもしれませんが、そのつもりで」と決意を告げる。ここまでが、「第一話 一九八一年」だ。隣人らに見守られながら、初めて暮らす町にしだいに定着していく様子が描かれる。

 「第二話 一九九一年」とあり、本作が長いスパンで姉妹の成長と周囲の人々とのかかわりをテーマにした作品であることに思い至る。律は高校を卒業し、農産物を扱う商社の小さな支社で働く。杉子さんが亡くなり、「作品はすべて理佐と律に、また自宅は民間団体の伝手でやってくる若者が自立できるようになるまで住まわせてやってほしい」という遺言を残していた。

 水車小屋の上流にある水力発電所の清掃の仕事を見つけて、この町に来た聡が杉子さんの家に住み始める。内職にしていた裁縫の腕が認められ、手芸店の服飾部門に転職した理佐。午後からの時間を持て余していた聡は、理佐の後任として水車小屋の仕事もするようになり、次第に姉妹とも打ち解けていく。

 「第三話 二〇〇一年」、「第四話 二〇十一年」、「エピローグ 二〇二一年」と、NHKの朝ドラを思わせるような丁寧な展開。2001年、30歳前後になったネネは、羽を切ってもらうのをやめ、空を飛べるようになった。そば屋の夫婦は店を畳み、そばの実を挽いていた水車は、製薬会社に貸し出される。回数は減ったが、ネネは相変わらず石臼を監視する仕事を続けていた。

 東日本大震災を経て、物語は続く。さまざま事情を抱えた人が登場し、姉妹や周囲の人々が支え、成長していく。

 「誰かに親切にしなきゃ、人生は長くて退屈なものですよ」

 藤沢先生の言葉が本作を貫くメインテーマかもしれない。

 津村さんは1978年大阪市生まれ。2009年、「ポトスライムの舟」で芥川賞受賞。「働く」ということをテーマにした作風で知られ、本作でも遺憾なく発揮されている。

  • 書名 水車小屋のネネ
  • 監修・編集・著者名津村記久子 著
  • 出版社名毎日新聞出版
  • 出版年月日2023年3月 2日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・496ページ
  • ISBN9784620108629

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