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40歳。離婚って「失敗」なの? 経験者・千早茜が問う幸せのかたち

Yukako

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マリエ

「私の幸も不幸も、私が決める。そう、決めた。」

 今年1月に『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞した千早茜さん。『マリエ』(文藝春秋)は、40歳手前で離婚した主人公・桐原まりえが、いまの自分にとって、幸せと感じられる生き方を模索していく長編小説。

 夫から離婚を切り出され、2年以上かけて話し合い、7年半の結婚生活に終止符を打ったまりえ。ひとりになった寂しさよりも清々しさを感じる一方、離婚って失敗なの? 恋愛と結婚は別? という疑問がわく。

 千早さんはまりえについて、「自分と等身大の主人公」とXに書いている。じつは千早さん自身、何年もかけて話し合ったうえで円満離婚したといい、当時の周囲の反応から本作の着想を得たそうだ。

ひとりになって

「恋愛したいから、ちゃんと別れたい」――。これが、夫が離婚を切り出してきた理由だった。

 まりえは納得できなかったが、夫の浮気を疑い、怒り、浮気の証拠を探す日々が続いて嫌気がさしたころ、離婚に応じた。その瞬間「手放すってなんて気持ちがいいのだろう」と思い、離婚届を出した後は「もう誰にも属していない」という解放感があった。

「ひとりになって、欲しいものがくっきりした。私は誰かに頼るより、自分の力でやっていく方法を考えるほうが性に合っていた。」

 一人暮らしをはじめたいま、自由で自立した生活を気に入っている。離婚は幸せになるための選択だったが、周囲の見方は違った。年かさの友人は「あたしたちの世代は、女は離婚するとみんな不幸になった」と言い、母は「孤独死なんてさせるために産んだんじゃないんだからね」と言う。

 好きな人との結婚と離婚を経験したまりえは思う。結婚とはなんだったのだろう? なにが幸せで、なにが不幸なの? どうしても再婚したいわけではなかったが、結婚と離婚にまつわる疑問と、少しの興味から、結婚相談所に登録する。実際、千早さんは結婚相談所を取材してカルチャーショックを受けてきたそうで、まりえもだいぶ価値観を揺さぶられることになる。

「私」が見えてきた

 ちょうどそのころ、まりえは7歳下の由井(ゆい)と出会った。

「由井くんは、はらはらと思いがけず降ってきた花だった。あの春の夜の、音もなく散りそそぐ桜のような。」

 恋人とも友人とも言えない、部屋で一緒に料理をして、食べて、帰っていくだけの関係。駆け引きも探り合いも億劫だし、そう簡単に服を脱げる歳ではない。年下をそういう目で見てはいけない、とも思っていたのだが。ふたりは深い関係になっていく。

 婚活と恋愛を同時進行させることに罪悪感はあった。ただ、まったく別の世界に身を置くことで見えてくるものもあった。

 人生の就活のつもりで婚活する人、円満な結婚生活を送るために不倫する人、離婚したくないから結婚しない人、条件で相手を選びたくない人......。いろいろな結婚観や人生観にふれ、わかる、ないな、と思いながら、自分が望んでいることが、まりえ自身にもよくわかっていなかった「私」自身が、だんだんとはっきりしてくるのだった。

「私、鋏でぷつんぷつん切ってきたんです(中略)離婚するまでに。二年くらいかけて、ひとつひとつ。期待とか、甘えとか、繋がりとか、感情的な湿っぽいものを。そうして得たひとりというかたちはすごく楽で、まあたらしい香りがしました。でも、なにか不安で。なにか取りこぼしている気がして。」
『マリエ』千早茜 著(文藝春秋)
『マリエ』千早茜 著(文藝春秋)

「冒険」は続いていく

 率直に言って、めぐりあえてよかったと思える作品だった。

 ストーリーを追いながら、一文一文を味わって読んだ。香り、味、音、色、温度......という感覚的なものの描写がなんとも芸術的で、思わず二度読みしてしまう。とても美しい世界を実際に見てきたようだった。

 まりえと同じ年数を生きてきた身として実感しているのは、時代の空気も、選択肢の種類も、自分の価値観も、いろいろなものが変わっていくということ。いまの自分にとっての結婚、離婚、恋愛、幸せ、不幸とはなにか。そうやって主語を「私」にして物事を考えることは、自分を幸せにする方法の一つなのだなと、まりえを見ていて思う。

 これまでに読んだ千早さんの作品の中で、個人的にはもっとも、自分がいる場所と主人公がいる場所が地続きになっている感じがして、物語にすっと入り込んだ。まりえの凛としたおとなの女らしさに憧れるし、生身の人間らしさに親しみがわいた。悩んで考えて、経験を自分のものにして、その先へ進んでいく。そんなふうに人生の「冒険」は続いていくようだ。


■千早茜さんプロフィール
ちはや・あかね/1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。翌年、『魚神』にて第37回泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。他の著書に小説『男ともだち』『神様の暇つぶし』『ひきなみ』『赤い月の香り』など、食エッセイ『わるい食べもの』シリーズなどがある。


※画像提供:文藝春秋



 


  • 書名 マリエ
  • 監修・編集・著者名千早 茜 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2023年8月25日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・248ページ
  • ISBN9784163917405

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